スキーとボートとルアーフィッシングの日記
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


↓↓↓ポチっとお願いします↓↓↓
にほんブログ村 スキースノボーブログ スキーへ
RUKI復活のウラ話  たぶんその1
今日は全国的に12月10日ですね。
1ヵ月後には富山県的には「県中」です。
早いものであと1ヶ月になりました。


ここまで、RUKIの滑走日数は5日。
週末親子遠征で楽しくやってきました。

こうやって、また二人でいろんなスキー場へ行けることをうれしく思っております。


ここ数年の事しかわかりませんが、学童選手権で優勝した女子選手の中で今も現役で続けている選手って実はそう多くない。

いつも長女のRIRIと
『なんでかな?』
『もったいないよね、上手いのに』
と話していた。


一方で、オレは当の当事者であるRUKIの父親でもある。


彼女の場合、小学校4年でアルペン競技を始めたRIRIに連れ立って一緒にスキーを始めた。
当時1年生である。

どこへ行くにも
『絶対アタシも行くから!』
『勝手に二人で行ったら怒るから!RUKIも起こしてね!』

と言ってくっついてきた。


スキー場ではいつも姉ちゃんの後ろをついてまわり、同じ本数を滑っていた。


ほんのちょっと同世代の女の子より滑走距離が多く、それが当時の成績につながっていた事は言うまでもない。


それが小学校高学年になると、成長期で体格も変わり滑走数も他の選手と変わらなくなるとどんどん今までのアドバンテージがなくなり、レースでは一進一退が続いた。




そして小学校6年の時、

『今年の目標は学童優勝してスキーを辞める』

と、オレに言い放ちやがりました。


え~~!まじですか!

ですよ。




オレなりに
・逃げたと思われたくない。
・このままスキーしてても楽しくない。
と彼女の心情を理解し、


『わかったよ』

と、返した。
いや、
そうとしか言えなかった。




正直、スキーをつまらなくさせてしまった事に父親として後悔した。




結局その年、彼女は約束どおり学童を優勝してスキーを辞めた。
せっかく掴んだジュニオリ出場権もキャンセルした。





あっけなかったな。



つづく・・。



STILL0027_20090511233815_201312102237466b2.jpg



スポンサーサイト


↓↓↓ポチっとお願いします↓↓↓
にほんブログ村 スキースノボーブログ スキーへ
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。