スキーとボートとルアーフィッシングの日記
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近況報告 RUKI編
皆様、メリークリスマス(笑)
本日も一人、チビチビやっております。


RUKIの近況を報告させていただきたいと思いますが、その前に。


長女RIRIは無事12月22日北海道阿寒へ到着したようです。
本日彼女は16歳の誕生日だったのですが、たくさんの仲間からお祝いをしていただいたと先ほどメールが届きました。



さて、
お待たせしました。
RUKIのハナシでございます。

既にFBではちょくちょく近況を書いておりますが、改めて報告させていただきます。


昨日、無事「車山」へキャンプインしました。



実は・・・・。

RIRIがいなくなったおかげで奥方様はRUKIへ集中砲火(笑)
「宿題は?部屋片付けた?お手伝いして!・・・・・」

当初は、
「今年は年末のOHYAMA合宿でいい。あとは粟巣野で滑る。」
と言っていたのですが、さすがに家にいるのが窮屈になったのでしょう。


「RUKIも合宿行きたい」
かなり動機が不純なような気もしますが、ま、こんなもんです。




合宿先についてはいろいろ考えました。

今まで、素晴らしいコーチに沢山出会えました。
また、今年は幸いに雪もある事から環境の良いスキー場はたくさんある。

そんな中で、オレが考えたテーマは

「自主性、自律」


今までRUKIは2泊3日以上の合宿を経験した事がない。
しかも、ほとんどが姉のRIRIが一緒かもしくはオレが同伴しているか。


そんな彼女も中学生。
少しずつ、自分で考えたり悩んだり、自分で判断し決めたり。
そんな事を経験させてやりたいな、と思った。


厳しいコーチのキャンプ。
オフタイムも管理してくれるキャンプ。
全く知らないメンバーと相部屋になったり、トップ選手達の中でピリピリした雰囲気のキャンプ。

いろいろある。


いろいろあるが、オレが決めたのは既にOHYAMAスポーツクラブの中高生十数名がキャンプインしている「車山」

・毎年年末のジュニアキャンプでお世話になっている常宿「風見鶏」
・やさしいマスターと奥さん。
・メンバーはほとんどが小さい頃から一緒の仲間達。
・女子は中1~中2の5名
・スキー場は毎年行ってる「車山」

加えて、今年はコーチが宿に入るのが27日。
それまでは中高生達だけでの生活となる。


オフの日
コントレ
勉強
ワックス
etc・・・・


全て「自由」
誰も何も言わない。
言ってくれない。


彼女のウィルコムは宿では「圏外」なので連絡も取れない。

24日夜から30日までの6泊6日。
思いっきり自由を味わえばいい。

ずっと楽しく過ごすのか。
それとも、途中で不安になるのか。
全ては彼女次第。

因みに長女RIRIも中1の時はこの合宿に参加していた。
相当自由奔放にやっていたらしい(笑)
もちろん、あとで「痛い目」を見たのは言うまでもない。
だが、
彼女はこの時のキャンプのおかげでいろんな事をきっと学んだのだと最近になってつくづく思う。
その年の結果は散々だったかも知れないが、今思うと決して無駄な時間ではなかったと。


RUKIも今年中学1年生。
県中まではあまり時間は無いのかも知れないが、彼女の人生はまだまだタップリある。
貴重な体験になってくれればいいと思う。






24日19:30 常宿の「風見鶏」に到着した。
マスターは温かい食事を用意して待っていてくれた。


オレはRUKIに6万円を渡した。
リフト代(18千円)、コーチフィー(20千円)、昼食代、お土産代、予備費(20千円)のつもりで。
だが、あえて細かい説明をしなかった。


本人は初めて手渡される大金にびっくりしていた。
今まで彼女はスキー場で自分でお金を払った事がない。
RIRIに任すかオレが事前に払うか。


「自分で決めて自分で使いなさい。オフも自由、キャンプ参加も自由、何食べても自由」
内心は大汗だ(笑)

「落としたらどうしよう・・・」

「警察に連絡しなさい。一応宿代は払ってあるから朝と夜はご飯食べれるし。」






できれば「おつり」を持って帰ってきてほしい(笑)
でも、
「ずっと宿でおとなしくしてたから1円も使わんかったよ。だからスマホ買って」
と、言われても困る(笑)




ruki20121225.jpg



ま、
すぐに結果が出ないことはRIRIで十分わかっている。
でも、いつか財産になることもわかっているつもりだ。





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近況ご報告
週末は久しぶりに富山へ帰りました。

たくさんの懐かしい顔に会う事ができました。


「RIRIRUKIパパ、ひとりよがりの回想録はもうわかったから、最近の二人の状況を教えてよ」


と、会う人会う人にリクエストされたので、近況をご報告させていただきます。




まず、長女RIRIですが・・・・・。

2学期に入った頃から、部活の練習に顔を出さなくなったらしい。
富山の古豪スキー部の練習はそれなりにきつかったのだろうが、夏休みまでは何とか続けていただけに残念だった。
きっと多分、中学時代の仲間と遊ぶのが楽しかったのだろう。


「夏休みがヤマ」

と、ある程度予測はしていたのですが、案の定・・・・・。


このまま中途半端な状態では先生や他の部員にも迷惑がかかる。
何度か本人と話し合ったが、結論は

「部活を辞める」

という事だった。

もう高校生だし、本人の決断に対しとやかく言うつもりも無い。
オレは一言、

「わかった。中途半端にせずに先生に報告しなさい。」

そう申し渡した。




正直、オレとしてはとても残念だった。
確かに、富山県の中でも強化指定を受けたこともないし、大した成績も残していない。
ただ、
今まで続けてきたことによって、たくさんの出会いがあり、そして昨年は全中に出場することもできた。
全ては「続けてきた」事による彼女のかけがえの無い「財産」だったのに、と。



また、そんな彼女の軌跡を、このブログを通じ発信できた事は少なからず意義があるとオレは思っていた。

年末1週間程度の合宿。
道具は殆どが「お下がり」
ワンピに至っては、今まで新品を買ってやったことが無い。

だが、「アルペン競技」は決してトップ選手達だけの「特殊なスポーツ」ではなく、
本人が好きなら、たとえ限られた環境でも続けることはできるし、順位はともかく「上手くなる事はできる」スポーツ、誰でも続けられるスポーツであることをオレはこのブログを通じて発信し続けたかったし、オレにとってRIRIはまさにその象徴だった。







2004年から始めたブログ、初めて「月間記事ゼロ」がしばらく続いた。






そして、11月下旬のある日RIRIから電話が入った。


「やっぱり、スキー続けたい」


怒りがこみ上げた。

どうせ、寒くなってきて、冬もヒマだから「やっぱ、スキーでもしようかな、学校休んで北海道へ合宿いけるみたいだし」そんな軽い気持ちなんではないかと。


そんな気持ちをぐっとこらえ、彼女の話を聞いた。


連日、放課後に先生と話し合ったこと。
先生に引き止められたからだけでなく、話し合う中で「やっぱりスキーが好き」だと再認識したこと。
たくさん泣いたこと・・・・。


いろんな気持ちを抑え、一言

「ナメるな」

と言った。


そして多分次のような事を言ったと思う。

・「続ける」という事は「3年間続ける」ということ、たとえどんなに辛くても。その覚悟はあるか。
・陸トレを3ヶ月間サボった分、これからの3ヶ月間で取り戻せ。それでたとえ今シーズンは雪上に立つのが遅れてもサボった分はインチキするな。皆が北海道合宿へ言っている間、一人で陸トレできるか。
・道具は全てキャンセルした。今年は「今あるもの」でトレーニングしろ。
・伝統ある雄山高校「スキー部員」として生活態度を改めろ。


「わかった。がんばる。」




全く信用してないが、騙される覚悟で信頼してやろうと思った。




数日後、学校でスキー部顧問であり担任のI先生と面談させていただいた。

これまでのRIRIとのやり取りや、スキーを始めたきっかけ、オレの思いなどを率直にいろいろお話をさせていただいた。
先生も学校での彼女の生活や、揺れ動く彼女の気持ち、そして先生の思いも聞かせていただいた。






12月16日現在、RIRIは雪上に立っていない。

そして、

12月22日、彼女は「雄山高校スキー部 アルペンチーム」として北海道へ旅立つこととなった。


ええ、

初めての飛行機で。
初めての電車で。


K3500549.jpg





とりあえず、しばらくこのブログも続けられそうです(笑)


※北海道の皆様、よろしくお願い申し上げます。
 また、富山県の高校レーサーの皆さん、こんなやつですがこれからもよろしくお願いします。





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それぞれの道  その7
小学1年からアルペン競技を始めたRUKI。


思えばほとんどほったらかしだった6年間。


振り返ってみると、彼女はいつも
「ワタシを見て光線」
をずっとオレに対し発し続けていたのだと思う。


小さな彼女の精一杯の気持ちを結果的にオレは無視し続けてきたのかもしれない。


この6年間、彼女の成績は素晴らしいものだった。
それは決して「持って生まれたもの」ではなく、彼女なりに精一杯努力した結果だった。

小さな末っ子はきっと
「パパに褒められたくて」
一生懸命頑張ってきたのだろう。



オレはそんな彼女に対し、もっと褒めてやるべきだった。
もちろん、「結果」ではなく、彼女の努力に対し。





昨シーズン前半、彼女はもがき苦しんでいた。

序盤のチルドレン大会も惨憺たる成績だった。
しかし、オレはそんな事を全く気にしていなかった。
気にしていないどころか、当日役員をしながら携帯でRIRIの全中の速報ばかりを気にしていた。



学童選手権にいたっては前日にワックスもろくにかけず、酒盛り。
当日も、サポーターとしてクラブの選手達のスタートワックス係をしていたので、彼女の滑りも見ていない。

あとから聞いた話だが、曇ったままのゴーグルでスタートを待つRUKIを見かねてKANSUKEコーチが自分のゴーグルを貸してくれたそうだ。
次の日、朝早い仕事があったので、ろくにお祝いもせずに金沢へ帰った。


翌日、奥方様へ電話したところ、
「朝、早起きして新聞とりに行って記事探しとったよ。でも、小さく名前だけ載ってて本人ちょっと寂しそうだった。」


翌週のアトミックカップではまさかの転倒。
ジャパンカップは惨敗。
ジュニアオリンピックはキャンセル・・・・・・。

以降、彼女は板を履かなかった。
当然強化練習や東海チルドレンも不参加。



今年、無事に卒業式を終え中学へ入学。

なかなか部活が決まらなかった。
敢えて何もアドバイスをしなかった。

悩みに悩んだ挙句、彼女はひとつの結論を出した。


「アタシ、サッカー部入るから。」





きっと多分、RUKIが初めて自分の意思をオレに伝えた瞬間だった。










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それぞれの道   その6
あれから6年の歳月が流れた。
うだつの上がらん姉ちゃんといつもそこそこの成績を出すチビ。


いつも困るのはレース後の帰り道。

いつも賞状と賞品をゲットしてくるチビ。
一方で、もらった参加賞をオレに渡し、何事も無かったように必死に平静を装うとする痛々しい姉ちゃん。

帰りの車の中はいつも静まり返っていた(笑)


チビも姉ちゃんも、そしてオレも、
いろんな事を学んだ帰り道の車の中。



オレの中で、新たなルールが加わった。

それは、

「平等に誉める」



ですが、これに関しては正直上手くできなかった。
どうしても「できないこ」に気持ちがいってしまった。

正確には、「結果」を基準にして子供達に対応してしまった。と言うのが事実だろう。


RUKIは「できるこ」だから良い成績だったのではなく、彼女は彼女なりに頑張ったのだ。
RIRIは「できないこ」だから悪い成績だったのではなく、彼女には甘えがあった。

それを踏まえ、「平等に誉める」べきだったな、と今になって反省している。








子供達と離れて暮らすようになり、もうじき3年になる。



近くで叱ってやる事ができないので、子供達はいろんな失敗、いや「経験」をしているようだ。



そして、

とりあえず今の自分達が考える「道」を模索しているようだ。





すっごい回り道になるのかも知れないが、

「それぞれの道」



自分で探しながら歩いていってほしいと思う。




















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それぞれの道   その5
06-07シーズン。
RIRI(小4)
RUKI(小1)


初めて彼女達がレースに出場したのは、クラブ主催の

「OHYAMAスポーツクラブジュニアスキー大会」


入会から約1ヶ月。
ゴリマツコーチ(前出のひげのコーチ)から、

「誰でも出れる楽しい大会だから」

と、誘われ、レーシングワンピや競技用の板を用意していただいた。






そして大会当日。


感動しましたね。


結果はダントツのビリでしたが(笑)





その日の夜。

子供達とレースの話で盛り上がった。
子供達もレース前の緊張感や、全てが初めての経験だった事を興奮しながら話してくれた。

同時に
彼女達もまた、すごい選手達の滑りに圧倒されたようだった。




なんとなく、「目標」ができた瞬間だった。

そして、
あの日が「アルペン競技」というスポーツにどっぷりはまり始めた瞬間だったのかもしれない。















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それぞれの道   その4
RIRIが小学4年生の冬。
彼女は「OHYAMAスポーツクラブ」へ入会した。

いや、
彼女だけではない。

姉ちゃんのやる事を何でも真似したがる妹のRUKI。
そう。
昨年の富山県学童チャンプの彼女は当時小学1年生。


彼女との出会いは今から約13年前。


RIRIが生まれた病院よりも更に数ランク上の豪華な病院だった(笑)
確か、エントランスには自動演奏するグランドピアノがあったような気がする。



平成11年4月18日
RUKI誕生。

さすがに3人目ということもあり、奥方様はかなりの余裕。
でも、
オレは相変わらず緊張。

お願いだから元気に生まれてくれ、できれば夜中ではなく日中に。

そんな期待に見事に応え、夕方に産声を上げてくれた。


森三中の黒沢似の看護師さんが、
「ダイジなモン、ついとらんかったよ。」
と、ニヤニヤしながら教えてくれたのをはっきり覚えている(笑)






赤ちゃんの頃はとにかくよく泣きました。
3人の子供の中で、一番立つのは早かった。
でも、3人の子供の中では一番オムツの取れるのが遅かったな。
明らかにウンチをして臭いのに「してない」と言ってはしゃぎまわってたよな。


RIRIが「逆上がり」ができなくてオレが一生懸命教えてる横で
「こうでしょ。」
と言いながら普通に逆上がりしてたのは3歳くらいだったか。


それ以来、2度とRIRIは逆上がりの練習をしなくなった。
きっと今も逆上がりができないに違いない(笑)


他にもエピソードがある。
忘れもしない「自転車事件」

これは、またの機会にしておこう(笑)







RUKIは、毎年冬になるとオレとRIRIがスキーに行くのが悔しくてならなかったようだ。

いつも玄関で、まるでマンガのように手足をバタバタさせて、

「RUKIもいくー!」

と暴れていたのが懐かしい。



そんなRUKIも小学1年生になり、
とりあえず、19cmのかわいいブーツを買ってやった。


オレのスキーに連れて行く基準は「自分のことは自分でできること」
それだけだ。


家の中で一生懸命ウエアとブーツの着脱の練習をしていた。
RIRIにあれこれ指導を受けながら(笑)




2007年1月2日
RIRIとRUKIを連れていつもより30分早く家を出た。

ええ。
「慌てさせない、怒らない」
を実践する為には、親がアクシデントを想定して余裕を持って行動すればいいのだと言うことをRIRIとの3年間で学んだからだ(笑)




そして、
前回でも書いた通りひげのコーチとの出会いになるのだった。


ファミリーゲレンデでフリースキーをする娘達を見てひげのコーチが一言。



「チビ、バランスいいですね」




やっぱりそうなりますか。
そうですよね。
オレもそう思います。



2007年1月2日 瑠季奈(小1) OHYAMAスポーツクラブ入会。









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それぞれの道  その3
運動オンチのRIRIに

「何かスポーツを」

と思い、1年生の冬から始めたスキー。

と言っても、県内のスキー場がオープンしている期間、RIRIを連れての週末フリースキー。

ドンくさい娘だということは重々承知。
RIRIをスキーに連れて行くのにあたり、オレは自分の中で3つの約束事を決めた。

1.慌てさせない
2.怒らない
3.自分のことは自分でさせる。


準備に時間がかかり、リフト券売り場に着くと長蛇の列でイライラしたこともあった。
同じ事を何回やってもできず、怒鳴りそうになることもあった。

そんな時も心の中で「慌てない、怒らない・・・」と呪文のように唱え・・・・・(笑)






当時、走るのが苦手の彼女にとって、きっとそれは夢のスポーツだったに違いない。

走らなくても味わえる「スピード感」「爽快感」は他のスポーツではありえない。
冬のほぼ毎週末、RIRIをスキーに連れて行った。
いや、ゲレンデレストランで食べるピザやアイスクリームがお目当てだってたのかもしれない。



ある時、二人でリフトに乗っていると、下の方で怒鳴り声が聞こえた。
「何回言えばわかるがよ!ええい! 足を「谷」にして、○×■※!!?!・・・」
ストックで子供のブーツをビシビシ叩きながら荒れ狂うお父さんらしき人。

その光景をリフトから見ていたRIRI、
「あの子かわいそー。せっかく「遊び」に来てるのに・・・。」








それから3年の月日が流れた。

ほぼ富山県内の全てのスキー場の全てのコースを滑った。
そして、ほぼ全てのゲレンデレストランでメシを食った(笑)

そんなある日、立山山麓で最奥のこじんまりした「あわすのスキー場」へ訪れた。




そこで、オレとRIRIは衝撃的な光景を目にしたのだった。




多分、RIRIと同い年くらいの小学生達が物凄いスピードでポール練習をしていた。

そしてゴール付近では赤いポンチョにハンチング、そして囗元にヒゲをたくわえた怪しげなコーチらしき人物が子供達に身振り手振り何やら指導していたのを今でも鮮明に覚えている。



その日の夜、RIRIはオレに言った。

「アタシもやってみたい」

もうじき小学4年生になろうという、シーズン終盤のある日の事だった。










翌年(RIRI小4)の1月2日の朝。
オレはRIRIとあわすのスキー場の「ミレット」の前で、ある人物を待った。

ほどなく彼はオレ達の前に姿を現した。


そう。
あの時の
赤いポンチョにハンチング、そして口元にヒゲをたくわえた男。


「ねえちゃん、スキー好きか?楽しいよな。」

男はRIRIにそう言うとにこっと笑った。
RIRI、若干引き攣りながらも小さな声で

「楽しいです・・・。」





多分、そんなぶっきらぼうで愛のある言葉が「出会い」だったのだと思う。


2007年1月2日 梨々香(小4)OHYAMAスポーツクラブ入会。









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それぞれの道   その2
そう言えば、ここ3年、RIRIの誕生祝いをしていない。

彼女は、
中1「車山」
中2「志賀高原」
中3「菅平高原」
にて誕生日を迎えている。

こんな風に書くと、随分合宿に行っているのかと誤解されるかもしれないが、彼女の中学3年間は、基本冬休みの1週間程度の合宿にしか行かせていない。

いろんな意見があるのでしょうが、少なくともオレとしては
「RIRIにはそれで十分」
だと思ってそうしていたし、今でもそれで良かったと思っている。




そんな、この3年間のクリスマスイブ。



この3年間の我が家のクリスマスは「ふつうの晩御飯」なのだ。
主人公のRIRIがいないクリスマス。

今思うと、お留守番のRUKIはちょっとかわいそうだったかも。




さて、


そもそも子供達とアルペンスキーにハマったきっかけについて。


あれは、忘れもしないRIRIが小学校1年生の運動会。

当時、オレは自分の趣味に忙しく全く子供達に興味が無かった。
保育園のイベントにも殆ど顔を出した事が無かった。


そんなある日、きっと先生から「お父さんに渡すように」とでも言われたのだろう。
RIRIはニコニコしながら「運動会のプログラム」をオレに渡してくれた。

全く興味も無かったが、運動会前日の夜に奥方様から
「あなたが来るのを楽しみにしてるから見に行ってあげれば。」
と、言われたことを思い出し、学校のグランドに足を運んだ。


ちょうど、RIRI達1年生の徒競走が始まるところだった。

他のお父さんやお母さんがカメラを構えてひしめき合うのを横目に見ながら、ちょっと離れたところでRIRIの姿を追った。


ピストルの音で走り出すRIRI。

その姿を見て愕然とした。

他の子供達が一生懸命走る中、ひとりニコニコしながらマイペースで走る我が娘。
しかも、
右手と右足が同調しとるし・・・。


ええ。

ニコニコしながら「なんば走り」してダントツビリでゴールした娘の姿がそこにあった。


正直、
「やばい」
と、思った。



確かに奥方様から
「あの子は運動が苦手だから」
とは聞いていたが、まさかここまでひどいとは。

衝撃的な瞬間だった。



そんな彼女に対し、

「何か運動を」

と思い、始めたのが「スキー」だったのである。


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それぞれの道 その1
平成8年12月24日。

今から約16年前のクリスマスイブ。
産気づいた奥方様を病院まで送った。

産後はフルコースのフランス料理が振舞われるらしい某レディースクリニック。

二人目ということもあり、奥方様は結構余裕な表情なのですが、こんな時男って何もできないな、とつくづく感じた瞬間でもあった。

病院ではちょっぴり友近風の看護師から「まだまだ時間かかりそうだから一旦帰られ。」と言われ、病院を後にした。


せっかくのクリスマスイブ。
帰る途中、息子とコンビニへ寄った。
投売りされていたクリスマスケーキを買うのもなんだか悲しくて、テキトーにお菓子を選ばせて息子と家に帰った。

初めて息子と二人っきりのクリスマスイブを過ごした。

今思うと、オレは息子にはかなり厳しかった。
きっと多分、彼にとっては最悪のクリスマスイブだったに違いない。

二人っきりの気まずいクリスマスイブの夜も更け、いつも間にかオレも眠りについた。






ふと気づくと電話が鳴り捲っていた。


何となくイヤな予感がしつつもとりあえず電話に出ると、電話口からオレの母親から怒りの声が・・・。


「何回電話しても出んし!!!! 生まれたから直ぐ来て!!!!!!」




嗚呼。



大失敗。

急いで病院へ行き、奥方様の病室へ入った。



「最悪・・・。どこで飲んどったん?」



長女RIRIを出産しての第一声だった。




平成8年12月25日。
長女RIRIの誕生の瞬間・・・・。
残念ながらオレは立ち会う事ができなかった。






そして、
16年経った今でも奥方様から「あの日」の事を責められるオレなのであった。




今年ももうじき「あの日」がやってくる。










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ご無沙汰しております・・・・・・(汗)
えーーーーーーっと。
皆様大変ご無沙汰しております。


もう12月になったのですね。


ブログの更新が滞っており、いろいろご心配をおかけしており、本当に申し訳ございませんでした。
そして、
ありがとうございます。




我が家の娘達ですが、それぞれ元気にしております。



ここ数年の我が家はご存知の通り、どんどんシーズンインが遅くなっています。
それでも例年は11月の最終週にはスキーに行っていたのですが・・・・・。



残念ながら本日12月5日現在、
二人の娘達は未だ雪上に立っておりません。



ええ。


立つんでしょうか。






本日12月5日現在。

オレにもわかりません。










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